真空管アンプのたのしみ(まひつる22原稿) 
 
機械工学科(電子制御コース)町田秀和

 ジャック・ブルースのすばやいリードベース、エリック・クラプトンの華麗な ランニングフレーズ、ジンジャ・ベーカのアフリカンなドラミングを聴きながら、 酸味の効いたマンデリンコーヒーを飲む。そうすれば一日の疲れなどふっとんでしまう。 こんな優雅な気分を味わうためには、オレンジ色のヒータが雰囲気を盛り上げる 真空管アンプが最適である。
 真空管を見かけなくなってから久しいが、学生諸君が生まれた20年前は、 テレビもラシオも、もちろんステレオも真空管が現役でがんばっていた。確かに、 真空管は時代遅れであるが、なにも昔の実力が失われた訳ではない。性能面では、 トランジスタやICを用いる方が小型軽量であるし、ノイズや周波数特性などの 数値的な特性では良いデータが得られる。しかし、実際にアンプを製作して、 音楽を聴いてみると、真空管でしか出せない甘いマイルドな音は確かに存在する。 それから、もう一つ重要なことは、感電にさえ注意すれば、真空管アンプは大変製作し易く、 失敗も少ないのである。近ごろは、マニア向けの専門書も新刊(再刊)され、 非常に高価な真空管を用いたアンプが人気を集めてきている。だが、ここではほんの 少しのアルバイト代位(2万円位)で製作することのできる出力5W+5Wの真空管アンプ を紹介しようと思う。
 左の図がその回路図である。双三極間12AX7で電圧増幅し、ビーム四極管12GB7で電力増幅する、 といった最もシンプルな2段シングルアンプである。この回路の特徴は、入手の容易なテレビの 水平出力管12GB7を採用することによって、低電圧(100V)動作を可能とし、高価な電源トランス を廃止しヒータトランスだけとした、セミトランスレスであるということである。このため、 大変安価にすることができる。回路の設計計算を説明する前に、気になる部品について入手先 や価格などを含めて現状を報告しよう。(部品表は表.1)

  1. 真空管:日本橋の東京真空管商店にいけばある。根性があるなら、ジャンク屋を回ると 破格値で見つかることがある。おすすめはpit inである。購入価格は、12AX7が新品が1500円、 ジャンクは300円位であり、12GB7は新品が2000円、ジャンクは100円位であろう。12AX7は12AX7A (ローノイズ),12AX7T(通信用)でもよいし、12GB7は6DQ6,6GB3,12GB3,25E5などの同系統の球 (真空管のこと、タマと呼ぶ)ならなんでもよい。 このあたりもテレビ球のありがたいところである。めんどうくさいなら、 雑誌(無線と実験など)に掲載されている通信販売を利用すると良い。
  2. ソケット、プレートキャップ:真空管はソケットが 必要であり、12GB7 はプレートキャップと呼ばれるコネクタが必要である、どのパーツ屋 でもよく探せばあるが、東京真空管商店のご主人のアドバイスを聞き ながら選ぶのがよいだろう。
  3. トランス:真空管アンプはトランスに もっともお金を費やさねばならな い。よって、ここだけは良い品を揃えたい。実際は、日本橋にいって も注文販売となることが多いので、舞鶴八島の大野模型(大野電子パーツ) で注文すれば良い。TANGO社のU-608,5H200は超高級品ではないが十分 な実績がある優秀なトランスである。
  4. 抵抗、コンデンサ:耐電力、 耐圧に気をつければなにでもよい。オーデ ィオ用に西独レーダシュタイン社のコンデンサや、米スプラーグ社の抵抗 などが有名であるが、1本が1000円単位というとんでもない値段である。 将来お金持ちになってから、コンデンサを交換し、さすがはドイツ製と 自己満足にひたれる身分になるまで、こういうのは敬遠すれば良い。
  5. シャーシ:アルミの俗に言う オベントシャーシが手軽で安い(1000円位)。
  6. その他:スイッチ、入力端子、 出力端子、ヒューズボックスなどなどは、 パーツ屋で自分の好みで選ぶのが楽しい。値段もピンからキリまである。

 次に主な設計計算について解説する。参考文献は「オーディオ用真空管マニュアル」 、一木吉典、ラジオ技術社、5000円である。

  1. 12GB7の必要入力電圧Ec1max
      Ec1max=(Ec1-0.7)/1.4=(7.7-0.7)/1.4=5V
  2. 12GB7のカソード抵抗R4
      R4=Ec1max/(Ib-Ic2)=5(0.1+0.007)=50Ω
      Ib,Ic2は12GB7のプレート、第2グリッド電流(特性表・図2)
  3. 12AX7のプレート負荷抵抗R2
      Ec1max=(Ebb-0.3μ)R2/(4R2+4μ)
      EbbはR2の入力電圧=100Vとする。μは12AX7の増幅率=100から、R2=50kΩを得る。
  4. 12AX7のカソード抵抗R1
      R1=Ec0/(2Ec1max/R2)=1/(2・5/50000)=5kΩ
      Ec0は12AX7の第一グリッド電圧。初段なので、1Vとする。
  5. 12GB7の第一グリッド抵抗R3
      R3=2・R2=2・50000=100kΩ
  6. カップリングコンデンサC1
      C1=0.003/R3=0.003/100000=0.03μF
  7. 12GB7のカソードコンデンサC2
      C2=0.01/R4=200μF
  8. フィードバック抵抗VR2
      R1の5倍位の可変抵抗としておく。

 かなり大ざっぱなようだが、真空管アンプならばこの程度の計算で十分動作する。
 次に実際の製作の注意点では、
  1. シャーシの穴開けが最も重労働で、かつできあがりの外観を決定してしまう。鉛筆で よいから、しっかりケガキ(寸法どり)する。穴開けには、電気ドリル、テーパリーマ 用いると便利である。穴開けの後は、十分に汚れを落として塗装をする。スプレーを 使うのが手軽で良い。私は自動車用のスプレーが気に入っているが、マニアはシャン ペンゴールドという淡い金色を好む。最後にクリアスプレーで仕上げる。
  2. 一点アースといって、シャーシへのアースは入力端子の近くに一点だけとって、 ノイズの回り込みを避ける。
  3. トランスやプレートキャップなどの端子などの露出部は熱収縮チューブなどを かぶせて感電事故を避ける。
  4. その他の、配線はラグ端子板を使って、空中配線する。プリント基盤より難し そうだが、結構熱容量が大きく半田づけはしやすい。
  5. 調整箇所はまったくない、テスタで回路図中の電圧の±25%に入っていること を確認すればOKである。後は、入力にCDデッキなど(ノイズが少ない)をつなぎ、 出力にスピーカをつないで試聴する。このときにハム(電源ノイズ)が少ないようならば、 それでもう完成である。ハムを完全になくすことは不可能であるが、部品の配置や 配線の方法を工夫することでかなり小さくすることは可能である。

 このアンプは片チャンネル5Wは軽くでるので、小部屋(寮部屋程度)なら十分満足な音量が得られる。音質的には、ビーム管らしい力強さがあるが、シングル動作のため低音が少し不足気味に感じられるかも知れない。その場合にはプリアンプを設け、そのトーンコントロールで補正するのが良い。一番おすすめするのは、日本橋などで安価なグラフィックイコライザを購入することである。最近はミニコンポの一部として1,2万円で入手することができる。
 とにかく、真空管アンプにCDデッキ(ラジカセのヘッドホン端子からでも十分)と、箱に入ったスピーカをつなぐと、とにかくそれらしい音が楽しめる。メインアンプさへ完成すれば、プリアンプ、サラウンドプロセッサ、マイクミキサ、スピーカボックスなど、自作の道がさらに開ける。機会があれば、このような付属装置の自作についても紹介したい。