今度はICアンプだ(まひつる23原稿) 
 
機械工学科(電子制御コース)町田秀和
C−MOSインバータ18パラレルBTLステレオアンプの製作
1.はじめに
 一仕事終わって、さらに気分が乗っているときに新生カシオペアのハイテックな 演奏を楽しみたい。そんな時には半導体アンプの「かっちり」した音で聞きたいも のだ。とても小型のアンプから、キラキラした音が飛び出してくるのはたいへん素 晴らしい。
 というわけで、前号のまひつるに紹介した真空管アンプとはがらっと変わって ICアンプを紹介する。ICアンプといっても、ワンチップのちんけな低周波増幅用IC を使うのではない。なんと、ディジタル論理回路用の高速C-MOSインバータを A級動作のアナログアンプとして動作させ、それを18個もパラレル(並列)に接続し さらにそれをBTL接続する。つまり36個のCーMOSインバータでもって高音質を狙う。 かなり変態なアンプだが、作りやすく、音質は大変良く、安くできる。(参考文献1,2)
 今回は回路的にいろいろと面白いテクニックがあり、電子工作の設計製作の楽しさを 味わえると思う。それでは、このアンプを紹介して行こう。

2.C−MOSインバータによるA級増幅
ディジタル論理回路用のC-MOSの基本素子であるインバータは 図2のような内部構造をしている。これは入力がハイ(ロー) の場合には、上側(下側)のMOS-FETがOFFになるだけなので、大変電流消費が少なく入力 インピーダンスが高いという優れた特徴をもつ。ここで、入力がハイとローの間の電圧 ならば、上下のMOS-FETともON(動作状態)となり、大きな電流が流れる純粋なA級増幅 を行うことになる。この性質をオーディオアンプに利用するわけだが、このままだと 出力電流が多く取れないので、これをたくさんパラレル(並列)に接続して出力を稼ぐ。
 本アンプで用いている74HCU04は高速度のバッファなし(バッファ付きは内部 でインバータが奇数個直列接続されている)のC-MOSインバータであり、14ピンのDIP型 (ムカデ型)のICに6個のインバータが内蔵されている。これをおんぶするように6個積み 上げてピンどうしを半田づけし並列接続とする。ただし、A級動作のためすんごく発熱 するので、ICどうしの隙間を少しとり、写真2のシャーシ内部写真に写っているように 電源端子である7ピンと14ピンには放熱板をつける。放熱板は鉄製のL型金具にヤスリ をかけ予備半田をしてからICのピンに半田づけし、L型金具に放熱器をつけるとよい。 また、本アンプでは電源電圧を放熱との兼ね合いから±3.5Vとした(C-MOSの動作電圧は 3V〜18Vである。)


部品表

種類 単価
IC 74HCU04 12 \30
FET 2SK117 2 \70
Tr 2SB617A 2 \300
2SD587A 2 \300
LED 8 \20
Di ブリッジ100V1A 2 \200
トランス 100V:12V*2 1 \1250
R 1/4W 100 4 \10
2k 4 \10
100k 2 \10
250k 4 \10
390k 2 \10
C 電解 10000μF/16V 2 \200
1000μF/16V 4 \100
10μF/16V 6 \50
積層セラミック 0.1μF/50V 4 \30
VR 50kΩ(A) 2 \100
プリント基板 DIP-IC用 2 \100
汎用 1 \100
その他、シャーシ、放熱器、 電源スイッチ、ヒューズケース、 つまみ、入力ピンピン端子、 スピーカ端子などなど
総計 \5,000でおつりがくるくらい。

3.BTL接続
 アンプのBTL接続とは図3のような構成である。2つの全く 同じアンプがあるときに、片方に入力を反転した逆相の入力を加え、もう片方に正相の 入力を加え、出力は両アンプの出力端子どうしから得る。こうすると、出力のスピーカ +端子には正相、−端子には逆相が加わるので、出力波形振幅は2倍となり、電流を たくさん流せるならば出力は4倍となる。また、ひずみやノイズの打ち消し効果もある。 入力をなんらかの手段で位相反転することと、出力を両アンプの出力端子から取る ことを除けば、一般のアンプと何等かわりがない。実際、高級オーディオステレオ アンプやロックコンサート等用のPAステレオアンプでは、BTL入力端子を持ち1000Wや 2000Wというとんでもない高出力を取り出せる製品がある。また、手持ちのステレオ アンプをBTL接続として高出力とするのも一興である。 
 本アンプでは、C-MOSインバータを16個並列接続したアンプどうしをBTL接続して いる、インバータが同一チップに内蔵されているので、特性が揃っているのが好都合 である。ただ、インバータでは電流出力が小さいので高出力化は達成しにくいが、 雑音の少ない高音質が期待できる。

4.位相反転
 BTLアンプとするためには、入力の位相反転を行う必要がある。本アンプでは、 最も簡単なFETによるドレイン−ソース(D-S)分割位相反転回路を用いている。 さらに高度な位相反転回路としては差動増幅回路があるがこれは、今後DCアンプ を紹介する機会があれば取り上げたい。参考文献1では、トランスを用いた 位相反転を行っている。
 さて、D-S分割位相反転回路であるが、その原理は大変簡単である。 FET(トランジスタ、真空管でも同じであるが)のソース(エミッタ、カソード)接地増幅 回路のソース(エミッタ、カソード)の出力波形はゲート(ベース、グリッド)入力波形 とまったく同じ波形であり、ソースフォロワ(エミッタフォロワ、カソードフォロワ)と 呼ばれる。これに対して、ドレイン(コレクタ、プレート)側の出力波形は入力波形が 位相反転されて電圧増幅された波形となる。電圧増幅率はドレイン抵抗(コレクタ抵抗、 プレート抵抗)割るソース抵抗(エミッタ抵抗、カソード抵抗)であるので両抵抗を同じ 値にして増幅率=1とすれば、ドレイン(コレクタ、プレート)出力波形の振幅は入力 波形と同じになる。D-S分割位相反転回路はドレイン抵抗とソース抵抗を同値とすれ ばよいだけなので、シンプルで良い回路であるが、欠点は出力インピーダンスが ドレイン側は高くソース側は低く、アンバランスになっていることである。
 それでは図3で実際の回路設計を見てみよう。 まず仕様はつぎのとうりである。

  1. ・電源  ±3.5V (C-MOSの動作範囲から)
  2. ・入力  2Vp-p  (CDの出力振幅はこの位)
  3. ・FET 2SK117 (安い!,ランクは何でも良い)
まず+電源、FET、−電源間の電圧配分を2V,3V,2Vとする。これは、位相反転回路である ので、FETの上下の電圧配分を同じにしたいためと、入力に対するマージンを見込んだ 値である。次に2SK117等の小型FFTのドレイン(ソース)電流ID(IS)は数mAが相場なので、 ここではID=IS=1mAとすると、ドレイン抵抗RD(ソース抵抗RS)は、
  RD=RS=VS/IS=2V/1mA=2kΩ → 2.2kΩ

となる。次はゲートバイアス回路であるが、FETのゲート電圧はソース電圧マイナス 0.4V位(どのFETでもこれ位)にしなければならないので、ゲート電圧は2-0.4=1.6Vである。 ±3.5V=7.0Vの電源電圧を分圧してこのゲート電圧を得れば良いのだから、 7.0-1.6:1.6=5.4:1.6に分圧すれば良い。入力インピーダンスを高い値とするために、 マイナス側の抵抗を100kΩとすると、プラス側の抵抗は100kΩ*5.4/1.6=343kΩ → 330kΩ となる。最後に入出力の結合コンデンサは、以上のような直流電圧配分のところへ 交流波形を接続するために必要であり、これは積分回路となるので時定数T=RC (Rは負荷抵抗)が大きいほど低い周波数までよく通すようになる。ここではC=10μF としているが、入力の抵抗は100kΩであるのでT=RC=1s,f=1/T=1Hzが低域が3dB 下がるカットオフ周波数である。このコンデンサはもろに音楽信号が通過するので 良品を使いたい。この位の容量なら電解コンデンサが一般的である。 筆者は大野電子パーツにあった無名メーカの無極性電解コンデンサを用いたが、 おすすめはJelmaxのBlack-Gate無極性電解コンデンサである(トランジスタ技術誌の テクニカルリポートで有名、CDプレーヤ内のコンデンサをBlack-Gateに替えると音が 良くなるなど面白い話題がある)。これは数百円程度なので手軽なグレードアップ法 だろう。

5.電源回路
 電源電圧は7.0V=±3.5Vとするのだが、アンプがA級動作であるので電源は供給能力 が高く安定な定電圧でなければならない。ここではLED(発光ダイオード)で定電圧電源 を実現している。LEDはなんと定電圧ダイオードとして使えるのである。ただし、 ツェナダイオードとは逆に図4のように正方向電圧約 2.0Vで電流が大きく変化しても電圧が変化しない定電圧特性を示す。この電圧は発光 するための材料、アルミ、ガリウム、ひ素などの材料の種類によって1〜2V位に決まる。 このLEDによる定電圧のノイズは、ツェナダイオードのそれよりも少なく、また動作中 は発光するので動作チェックに便利だ、写真でも光っているのがわかりますか? またマニアの間では赤よりも緑の方が音が良いというウワサがあり、 耳に自信のある人は聴き比べるのも一興でしょう。
電源トランスが10Vであるので、整流電圧=10*1.4=14Vである。 これが図5の回路では、4つのLED電圧=2.05V*4=8.2V なので、14V-8.2V=5.8Vを分圧しなければならない。分圧抵抗を100Ωを2つ=200Ω とすると、LED電流はI=E/R=5.8V/200Ω=29mAとなる。出力電圧はトランジスタの ベース−エミッタ間電圧0.6Vが2つと、4つのLED電圧8.2Vで、8.2V-0.6V*2=7.0V となる(実測値)。トランジスタ2SB617A/2SD587Aは、許容コレクタ電流Icが3A以上 のコンプリメンタリトランジスタならどんなものでもよい、しかしきちんと放熱器 をつけること(写真2)。また図5中の平滑コンデンサは、なるべく容量の大きい 電解コンデンサが望ましいが、高速C-MOSをつかうことから高周波バイパス用の 小容量の高周波特性の良いコンデンサ(積層セラミック等)を並列に抱かした方が、 周囲のテレビにノイズをまきちらすなどのトラブルを未然に防ぐことができる。

6.製作
 部品は表1のとうりである。特殊な部品はなく、 全て汎用の安い部品ばかりである。したがって、C-MOSの74HCU04やLEDは一ロット まとめて買うことが望ましい。そうしてもそれほど高くないし、後々役立つことも きっとある。筆者は大野電子パーツですべてそろえた。
 製作は、ユニバーサルプリント基板を用いて行う。IC用のピッチで電源ラインの 入った基板が便利である(大野電子パーツでは\100であった)。配線も特に難しいと ころはないだろう。問題は放熱器の取り付けである。シリコングリスを塗りたくり、 マイカ板で絶縁をきちんと行わないと、あとでトラブルの種となる。シャーシの 加工は、面倒だが出来映えがこれにかかっているから根性をいれてがんばろう。 穴開けは電動ドリルがあると簡単である。できれば、放熱器の近くにはなるべく たくさんの通気用の穴を開けて欲しい。さらにその穴には直径の大きいドリルで サラモミするとカッコ良くなる。今回の塗装はジョリーホワイト(トヨタクラウン の白)を塗り、さらにセロハンテープでマスキングしてシルバーM(日産フェア レディZの銀)を塗った。もちろん最後にクリア(透明)もスプレーしよう。

7.動作チェック
 動作チェックはまず、電源回路から行う。アンプ回路に電源を接続しないと (つまり無負荷)電圧は約±4.2V位でていればOKである。これは、トランジスタが 動作してないからで、トランジスタが動作したら必ず0.6V*2のベースエミッタ間電圧 が発生し±3.5V位になる。次にアンプ回路だが、まず無調整でもOKであるが、 気になるなら、入力に低周波発振器、出力に8Ωのダミー抵抗を接続し、 FETのドレイン(位相が反転している)、ソース、および出力の波形が歪んでいないか チェックする。もし歪んでいたら、FETまわりの抵抗値を試行錯誤で調整する。 最後に最大出力を調べるには、入力の振幅を出力のダミー抵抗の両端の波形が クリップするか歪むまで大きくし、その時の出力振幅をeとすれば、 最大出力P=e2/R=e2/8で求まる。おそらく数Wくらいでしょう。

8.試聴
 ICアンプとは思えないほどの良音質だなというのが第一印象である。 LED定電圧電源のおかげか電源ノイズは全然聞こえない。ひずみやノイズも ほとんど感じられず、低周波も高周波も良く伸びているようだが、これはBTLの 御利益だろう。しかし、絶対的なパワーはやはり足りない、でもカシオペアを 聴いてみても破綻を感じることはなかった。
 特に述べておきたいのは、写真にも写っているがウォークマン等の外部スピーカ として売られている小型スピーカ(もちろんアンプ内臓ではない、白鳥のファミリ− で定価\4980のを\980で売っていた)で聴いてみると意外と良い音がすることである。 コンパクトで安くて高音質だ!

9.さいごに
 前号で予告していた、オーディオ周辺回路図を示す。 図6はVUメータ、図7はマイクミキサである。これらを自作アンプに組み込むと ますます自作が楽しくなる。
 最後に、一緒に日本橋にパーツを買いに行ったり、シャーシの塗装を手伝って くれた(高専祭の4次元クレーンのメンバーでもある)4Bの白波瀬君と芳賀君に 感謝する。余談だが、日本橋に行ったときバロックという喫茶店がたいへん よかった、真空管のアンプやラジオ、古ピアノ、古扇風機などがあり、マスター やウェイトレスも面白い人たちだった、そのうち日本橋の紹介記事も書いてみたい。

参考文献

  1. 上玉利、C-MOS-ICを使用したA級アンプの製作、無線と実験1990 、1月号、P.152/153
  2. 詩村、ヘッドホンアンプの製作,ラジオの製作1992,1月号,P69/71
  3. 鈴木、実験研究トランジスタ回路中級入門、トラ技オリジナル、 1990,冬号,No.5
1.は自作オーディオマニア向け、2.は電子工作入門者向け、3.は回路設計入門に強く 推薦できる雑誌である。